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 花咲爺さんのコーナー(新しい記事が上になっています)

原点に返るよろこび 2011-12-09
ここ1~2ヶ月、昔ながらの易占とか、タロット、四柱推命などについて、いろいろ読んだり自分で試したりしてきた。人間の心の動き、社会の動きなどに対する智恵の宝庫のような気がして、大いに学びたいと思ったわけ。縄文時代に起源を持つコトタマ(言霊)も、人の心の動き、社会の動きを法則化したものだというので、これは2~3年前くらいからボチボチと本を読んできた。そこで気が付いたのは、易占などと違って、コトタマは人間や社会の動きだけでなく、もっと根本的に、イノチあるものの動き、宇宙の動きを示す智恵の固まりなんじゃないか、ということ。そんなことを思うと、やはり、自然農法のような、イノチの流れ、そして宇宙の流れと一体化していく試みが、本当に重要なのだと思わざるを得ない。そして、子どもが育っていくプロセスに関与していくことがおとなたちの大いなるよろこびになるのも、イノチの流れ、宇宙の流れに関与していくよろこびなんだと思わざるを得ない。こうして、易占 → コトタマ → 自然農法と子ども、というように、私の今までの思いの原点が、ふたたびよみがえってくるような気がする。逆にいえば、私の原点である、畑と子どもを通じて、イノチの流れに触れる、ということを、易占やコトタマを学ぶことで再確認しつつある、ということになりそうだ。原点に返るよろこびを感じる。

さあ、自分の生命力に立ち戻ろう 2011-06-30
古い世界の崩壊は、周到に計画され準備されている、という印象が強い。この3~4千年ほど続いた古い世界は、自由奔放な生命力の失われた死の世界を目指してきたのだと思う。ここで大崩壊を演出し、動きのない死の世界を確定しようというのが、周到に準備された計画なのだろう。ところが、生命力の失われない文明がまだひとつ残っている。日本文明だ。縄文の自由奔放な生命力、和歌に見る男女の生命力、江戸の庶民の生命力が、まだ死に絶えていない。次の地球が死の世界となるか、生の世界となるか。当然、宇宙は、生命力の脈動する文明で満たされるはずだ。さあ、自分の生命力に立ち戻ろう。

この時代を生きる 2011-04-20
昨日今日と、2日続けて実に重苦しい夢を見た。自分の親から伝わり、そして自分の兄弟、子どもたちに伝わる、苦しみの因縁というかカルマというか、それが吹き出してきているのだと気が付いた。先祖と子孫に挟まれ、現在62歳の私が、その因縁を断ち切る現役選手なのだと気が付いたのだ。世界がひっくり返る大激変の時に62歳の男性として生きているこの肉体こそ、すべてを終わらせ、すべてを生き返らせる接点に置かれている、ということなのだ。親類縁者の親から子へと連なる一群の魂たちが、この私という肉体を通じて、苦しみの因縁から解放されることを願っているのだと思う。いまという時代は、そんな時代なのだと思う。そう思うと、腹がすわる。

今日の大発見… ブッシュマンの生き方がすごい 2011-01-22
(1) ブルース・リーの言葉
・考えるな 感じろ
・増やすな 捨てろ
・お前は考えたように変わる
・人から感じろ 己を知るとはそういう事だ
・正しいか間違えているかなど分けるな
・俺はお前のために生きているのではない お前も俺のために生きているのではない
・状況など気にするな 機会は作り出せ
・常に己であれ 己を表現し 己を信頼しろ

【 余計なものを捨て 余計なことを考えず 己を信じて生きろ 】

(映画『THE CROW』の主演はブルース・リーの息子さんのブランドン・リーで、撮影中の事故で亡くなり、父のブルース・リーの死も謎に包まれていますが二人とも暗殺されました。ブルース・リーの言葉は短いですが、古代グノーシス派の教義に通ずるものです。… とのこと)

(2) アドラーの共同体感覚…
「相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じることだ」…
アドラーとブルース・リーと、この二つを車の両輪として生きるのがいいのかな。

(3) そしてアフリカのブッシュマンの生き方がその一段上にあるのだろう。
… 権力と強制と傲慢を徹底して嫌い、みずからの生きる世界と粘りづよく交渉を重ねる…
ブッシュマンの生き方、すごいね。たいしたものだ。

クリスタル・チルドレン
クリスタルチルドレンの話を読んだりすると、ホッとするというか、この子たちの波動にあわせて、自分も穏やかに、愛情深く、心のつながりを楽しみながら生きていくような、そんな新しい時代が待ち遠しくなるね。今からその練習をしておくのがいいだろう。

児童相談所で 2010-10-25 ユモトブログから
きょうも出かけた。愛知県の中央児童相談センターの相談課長さんと話ができた。心の温かそうな、親しみを感じる課長さんだった。いままでの児童自立援助ホームは、何か問題を起こして表面化した子どもを預かるケースがほとんどだったかも知れないけれど、 g-farm(グループファーム協力会)としては、表面化せず、じっと苦しみに耐えているような子どもたちの援助をしたいのだ、そのために、そんな子どもたちとお互いに知りあう必要があるので、日常的に、施設や里親の元で育っている子どもたちを農場に招待するイベントを続けたい、というようなお話をさせていただいた。相談課長さんからは、施設や里親さんに取っても、そのような機会が日常的にあるのは、歓迎されるだろう。そして、問題として表面化しないものの、自立が困難で苦しんでいる子どもが多いのはたしかで、最近は特に、軽い障害を持っている子どもたちが児童養護施設に多くなっていて、その子たちの自立の場が欲しいところだけど、農場には、そのような子どもたちの居場所があるのかも知れませんね。というような話をしていただいた。たしかにその通りだ。競争社会から抜け出して、ニコニコと気持ちよく、農場でいっしょに暮らしたら、お互い、誰もがみんな幸せになれる。そんな可能性にむけ、一歩を踏み出したいね。

相談課長さんは、この話を県内の児童相談センターが集まる会議などで皆に伝えますと言ってくれるなど、まんざら社交辞令だけとも思えない、協力、応援の姿勢で接してくれて、ありがたかった。このあと、名古屋市の児童相談センターにも立ち寄った。こちらはある方にお願い事の件でお目にかかる待ち合わせ場所だったので、児童相談センターそのものに用事があったわけではなかった。約束の時間よりだいぶ早くついたので、正面玄関前に車を止め、中から玄関に出入りする子どもや親たちの姿をずっと眺めていた。障害児とその母親の出入りも多く、玄関ロビーで職員を含めたいろいろの人たちが話をしたり動き回ったりしている姿も見えて少しも退屈しなかった。みんなが、それぞれに、それぞれの人生を生きているのだなあと共感を覚えて、人生というものにいとおしさを感じるような気がした。

人類の未来は、子どもから 2010-10-10 ユモトブログから
きょうも、昼過ぎまで雨のようだ。雨の日は癒しの日なのだろうか、なんだか疲れがどっと出てきて、椅子に深く沈み込んでじっとしていたい気持ちだ。ところが、ふと手に取った「神とひとつになること」というかつてのベストセラーのページを開いたら、子どもたちへの教えというページだった。急に目が覚めたようになって、書き写し始めた。ところが、写し進むほどおもしろくなってきて、書き写している場合じゃないような気がしてきた。ここに書かれていることを、自分の心にしみこませていくために、手を休めて、ゆっくりと反芻したくなったのだ。この世の幻想を幻想と知った上で、この幻想と共に生きていくことを、自分自身に教え、子どもたちにも教えることが本質なのだ。最後のほうには、次のようなことが書かれている。
「いま、おとなは子どもたちに教え始めた… ここからの進行は非常に早くなる。あなた方人類という種はいま、躍進に向けた突破口にいる。新しいミレニアムを迎えて、多くの人々が変化を感じている。意識がグローバルに変化する重要な出発点、そこであなた方は自分の役割を果たそうとしている。この勢いを維持するカギは、子どもたちだ。子どもたちにある種の生命の原則を教えれば、人類は進化の中で量子的飛躍をすることができるし、あなた方にはその能力がある」
本当にその通りだと納得する。ありがたい。子どもたちを通して、子どもたちに託して、人類の未来が開けるのだ。まったくその通りだ。

男と女の関係こそ、最強の救い?? (h ttp://daarekasan.net/27/)
朝から小雨が降っている。4時過ぎ、蚊におそわれて仕方なく起き出す前、布団の中で、男と女の願いについて考えていた。この世を作った男の神様と女の神様が、われわれ人間の心の中に住んでいて、人間の男は男の神様の願いを、人間の女は女の神様の願いを、それぞれのケースで実現させていくのが、人生の目的なんだろうなあ、という事。

男だったら、女のよろこび輝く顔を見たい、という願い。自分の心の中にいる女の神様という理想像に向けて、我が身を捧げつくしたい、という願いになるんだろう。フーテンの寅さんの願いだ。

女だったら、自分の心の中にいる男性像… 男の神様を、勢いよく伸びやかに活動させたい、いさぎよい、威勢の良い男を見守りたい、という願いになるのだろうか。

自分の幸せを願うのではなく、男の神様の願い、女の神様の願いをそれぞれのケースで具体化させる、というのが、われわれ人間の本当のゲームなのではないかなあ。

ヨーロッパの狂気、悪魔主義がこの世を覆い、ついに、終末の破局を迎える、いわば、自作自演の破局が進行中なのであるが、この虚構を抜け出すための最強のパワーが、ひとりひとりの人間に与えられている、心の中の男の神と女の神の願いなのではなかろうか… この願いを忠実に、おおらかに、天真爛漫に追いかける事… フーテンの寅さんの姿なんだなあ。男と女の関係こそ、最強の救いなのであるぞ、そんな声が遠くから聞こえてくる。


ノルウェーの漁師の生活
ある雑誌に、ノルウェー北方の美しい漁村の写真が載っていて、その中の一枚が、若い両親と小学生くらいの4人の子どもたちの家族風景だった。空気の冷たく澄み切ったような海辺の景色の美しさは格別だったが、屋内で写された、家族のアットホームなつながりの暖かさも、また格別に美しく思えた。子どものいる風景は、どんな場所でも、本来は、暖かく、美しいものなのだろう。最初はノルウェーの風景の美しさに気を取られていたが、しばらく立ってから、じわじわと、家族の写真の美しさが思い出され、風景はどうでもよくなってしまった。やはり、子どもたちと共にいるよろこびが、今の時代、いちばん心に残るのだろう。

このノルウェー漁師の家族写真、日本人カメラマンの写したものなんだけど、構図がすばらしい。写してもらった家族には、家宝になるだろう。さりげなく、そして深い。こうした感覚をとぎすましていくのは、おもしろいだろうなあ。

一日の労働を終わって、静かに優しい言葉を交わしつつ、質素な食膳に向かって、妻子と笑み交わす一大工の生活の美… … という文章を、どこかからコピーして保存していたんだけど、ノルウェーの漁師の写真は、明るく楽しげな近代的な様子で、この文章で言う「生活の美」を映像化している感じだ。


ノルウェーのタラ漁は、冬至のころから4月の始めころまで、太陽は昼でも出てこない。真っ暗な海面にノルウェー中から数千隻の漁船が集まりひしめき、漁師は3日間の徹夜など当たり前で、当然立って寝ることになるという。そして、陸上にある、巨大なタラを干す棚。ここでは、老人、女、子どもが、寒風の吹きすさぶ中、凍る鼻水をすすりながら、ひとつひとつ、タラをぶら下げる作業を延々と続けるのだ。「タラ漁の仕事は過酷でつらいけれど、漁師の給料は良い」というが、それ以上に、この生活を続けさせる魅力、生活の美が、なくてはならないだろう。その「生活の美」を、十分に意識した上で、満足しながら暮らすおとな達の、決意ある表情が頼もしい。


大きな流れとともに

大きな流れを信ずることが、今は、本当に大切だと思う。目指す頂上は、誰もが皆同じなのだと悟ることで、我が道を進む美学が、孤立の美学ではなく、独自でありながら周囲と調和する美学、大きな流れとともにあるよろこびを個性的に表現する美学へと、進化拡大するのだと思う。

というわけで、いよいよ世界が動き始めたと実感すればするほど、ひとり突出することを避け、大きな流れとともにあることをしっかりと感じ取りながら、進んでいきたいものだ。

おたがいの心の奥底に流れる、共通の流れを感じ取れることが、この困難の時代を共に生きる、最大、最高のよろこびなんだ。四苦八苦の、この世の困難を生き抜くご褒美が、心の奥底のつながりをお互いに感じ取るよろこびなんだと思う。じっくりと、タップリと時間をかけて、このよろこびを掘り起こしていこう。


人生は感動なのだ 2010-03-04

久しぶりに本を読む気になって、読んで思うのは、人との出会いで生ずる感動、運命と対峙し奮闘する人への共感、そして特に、子どもが運命に立ち向かおうとする姿への強烈な一体感、それを私たちは求めているんじゃないか、ということ。幸せを求める、というよりは、感動を求めている、ということなんだろうか。

支えあいのよろこびを失った虚無感と退廃、その中である者は苦しみ、ある者はイノチを吸い取られゾンビ化する、… これが日本の若者が追い込まれている過酷な運命。それをあざ笑う、マスコミの痴呆番組。… しかし、逆転のときが来た。振り子は振り切れた。いよいよ、戻り始める。この運命の逆転のときを、共に生きる。おたがいの人生に感動を覚える、そんなときが来たのだ。本当にそう思えるのが、うれしい。

ぶろぐ「個人通貨で遊ぼう」に書いた記事 2010-02-14

それぞれに勝手にスタートしましょう

プログラム作りは、予定の作業を終了して、サーバーに載せてテスト中です。どんなものか試してみたい方のため、数日後に公開サイトをオープンさせる予定です。

自分のNPOで使えればと思っているのですが、一般にも公開して、無償で使える、ツイッター、ブログ、SNS、掲示板などと同様に気軽に使ってもらうようになれば、うれしいですね。

地域通貨、個人通貨のやりとりで、どんなおもしろいことができるかみんなで試して、情報交換すれば、きっと楽しくなります。

自分ひとりの思いで、勝手にスタートできるのが個人発行通貨のいいところです。誰と意見調整する必要もありません。自分の発行する自分通貨を、相手が受け取ってくれるかどうか、それだけです。どこの権力とも関係ない、自分ひとりの信用がすべてです。

カネのない世界というのは、人を圧迫し搾取する権力のない世界のことでしょう。いま、恐ろしい勢いで、すべての権力が崩壊し、そしてその結果、カネの力は消滅します。

残るのは、一人ひとりの、人間の存在でしょう。これからは、そうなります。そうなることを、私は切望します。

個人通貨を使い始めることで、そんな時代の予行演習になるのではないかと、思うのですが、皆さんどう思いますか。自分がおもしろいと思うことの先に、未来はつくられる。自分がおもしろいと思うことが、未来を引き寄せる。

みんながそれぞれに、おもしろいことを初めれば、それがだんだんと大きな流れをつくっていきます。とにかく、自由に、のびのびと、自分の思いを大切に、それぞれに勝手にスタートしましょう。
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影を抱きかかえて (1月17 日)
だれしも、自分の抱え込んだ影を解消することは難しい。影を抱え込んだまま、救いの道を歩む、というのが人生なんだろう。児童自立援助ホームの子どもたちにも、それぞれの救いの道を歩いてほしい。そして、それぞれに花を咲かせて見せてもらいたいなあ。

私の今日の運勢…この世は仮の一夜。心を止めず放念して難なし… (1月17日)
この世は仮の一夜… ということだけど、夜明けはすでに始まりつつある、という話しもある。いままでの思い込みなどに縛られたままだと、夜明けに対応できないのだろう。だから、いろいろの縛りに「心を止めず放念して難なし」ということなんだろう。自分の想念を、暗闇バージョンから、夜明けバージョンに切り替えないといけないね。

フードスタンプ (1月10日)
アメリカで、3600万人がフードスタンプのお世話になっているという。日本でも、飢える人が今後増えるのかも知れない。フードスタンプも、政府のカネを使えば、一部の利権業者だけの売上になるようなやり方になってしまいそうだ。

われわれとしては、食事付きの仕事を多くの人たちに提供できる。みなで、市民農園で野菜を作ればいいのだ。二日も働けば、一週間分の食事が提供される仕組みができるだろう。どこかに、集まって住んでもいい。あくせく仕事に追われず、仲良く暮らす。寂しさなんて、なくなる。

12/15
産業社会の崩壊したあとは、市民農園、便利屋、相談屋などをやりながら、子どもから年寄りまでが、いきいきと元気に仲良く、ともに暮らす、そんな社会を(ゲームを)いっしょにやっていきたいものだ。それが、 g-farm の目指すところなんだな。
12/15
老荘思想というと、爺くさい、生命力の枯渇したイメージを持ってしまうが、本当は逆なんだ。自然農法を見れば分かる。いきいきと、のびのびと、生命力が爆発するのが、無為自然の世界なのだ。生命力の爆発を楽しむゲームを世界に提供しよう。
12/15
老子荘子の無為自然の思想を基本としながらも、そのうえに、いろいろな遊びを百花繚乱に、花咲かせたいのだ。遊び、即ちゲーム。古いものでは、武道、茶道、俳諧の道、連歌の道なども、世界的にいいかも知れない。ジャパンクールの、新しいものも、世界をなびかせるすごいものがいくらでも出てくるのでないか。
12/15
出入り自由の、いつでも抜け出せる、多種多様な、おもしろいゲームを、ドンドン発明しよう。いままでの3千年の暗黒ゲームは、いよいよ最終段階を迎えた。これからは、暗黒の反対の、白光ゲームを、多種多様にみなが思い思いに楽しむ時代になるのだ。もちろん、どのゲームも完全に出入り自由だ。自殺なんてしなくてよい。日本こそ、多種多様な、魅力抜群な、白光ゲームがドンドン発明されてくる場所になるのだ。
12/15
いまのゲームでうまい汁を吸っている人たちは、犠牲者が逃げ出さないよう、不当な暗示をかける。エスタブリッシュメントを維持する情報はほとんどが、ゲームから抜け出ることなんてことは不可能だ、と思わせる不当な暗示になっているはずだ。
12/15
人生はゲームだというが、ゲームにはいろいろな制限がルールとして存在し、参加者の自由を縛る。その不自由に耐えられなくなったら、ゲームから抜け出せばよい。いまの問題は、ゲームから抜けることができる、ということを忘れて、あるいは信じられなくて、暗闇でうずくまって、ただひたすら苦しんでいる人が多すぎる、ということなんだろう。
12/14
たとえ子どもでも、一人ひとりのタマシイのパワーは巨大だ。人を喜ばしたり、人を傷つけたりするそのパワーを、自分で何とかコントロールすること… そうするよう努力すること… それが自立する個人としてぜひとも必要だ。このことを、子どもたちと、いつも語りあっているべきだろう。


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ある人からの質問に答える 2009-12-12

Qご本業は、ずっと農場経営をされていらっしゃったのですか?
… もともとは 未来学です。脱産業の文明論みたいなこと。
… 有機農業の体験学校として、田畑、畜産、パン屋、味噌屋、ハム屋、ユースホステル、などいろいろやって、遊びました。

Q児童養護施設の支援には、どうして関心を持たれたのですか?
… 自分でもよく分からない。もともと子ども好き。
… 3000年ぶりの文明転換で、いまの個人を分断する、小家族、学校、拝金経済はすべてご破算
… グループ(拡大家族)のなかでの役割分担へと、意識、行動の原点を移した人間関係づくりに挑戦してみたい。(個人意識の拡大)
… ニール・ウォルシュが、子育てが満足にできるようになるのは50歳を超えてからだ、と言っていたのが引き金。

簡単に言えば、このようなことでしょうか。
何かあったら、気軽にメールしてください。
それではまた。 yumoto hirokazu


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お母さん食堂の動きが、 g-farm NPO活動の母体になるのかな。おカネではなく、にんげんのつながりを楽しむ動き。すべての価格を最低限の価格にする。おたがいのボランティア精神がその価格に上乗せされていることを、確認し納得できることが、よろこびとなるはずだ。

そんな世界こそ、お母さんの出番なんだろうな。

誰もが、お母さんを裏切ることはできない。お母さんの力は偉大だ。お母さんの動きが、個人的な小さなものから、広く大きなものへと向きを変えるとき、世界は生まれ変わるはずだ。
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   花咲爺さんの楽しみは… 年寄りは誰でもそうだと思うけど…
   ・ 若者やおとなが元気に働いている姿を見ていること
   ・ 子どもたちの元気に育つ姿を見ていること
    … そのために、木灰や種をまきながら、うたいます

   子どもらと ともに楽しむ 食と農 お天道様も われらが仲間

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   児童自立援助ホームとして、設楽農学校をかたちを変えてよみがえらそうと思います。花咲爺の役は、ホームでは子どもと若い職員たちが個の花を咲かせること、畑では野菜たちが個の花を咲かせること、ボランティア農園・市民農園では、集まる人たちが個の花を咲かせること、… のお手伝い。そして、グループファームがあちらにもこちらにもできて、そこから新しい人類の世界がスタートすることを楽しく夢見ていよう。

   時が来た 笑顔楽しく 花咲かそう 人も畑も みなそれぞれに


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    花咲爺さん(yumoto)の毎日の様子、「いまなにしてる?」… →リンク